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	<title>自己啓発メモ &#187; 「責任」からのアプローチ</title>
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		<title>環境のせいにしない</title>
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		<pubDate>Thu, 27 Aug 2009 20:03:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>T.H.</dc:creator>
				<category><![CDATA[環境のせいにしない]]></category>

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		<description><![CDATA[前述したように、人の責任にしていても、何も始まらない。それは、置かれている環境についても同じことが言えるだろう。
人に責任を押し付けるのは、少し気が引ける…。でも環境になら別に感情があるわけじゃないし…。と、ほいほい責任 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>前述したように、人の責任にしていても、何も始まらない。それは、置かれている環境についても同じことが言えるだろう。</p>
<p>人に責任を押し付けるのは、少し気が引ける…。でも環境になら別に感情があるわけじゃないし…。と、ほいほい責任を押し付けてはいないだろうか。</p>
<p>「学校の場所が実家から遠いから、行かない。」こんな下らない屁理屈は、私が大学生に慣れ始めたころの口癖だ。しかし、当時の私は、それで納得してしまっていたのだから、救いようがない。そのうち、あることに気づいた。当たり前のことだ。</p>
<p>“大学は近づいてきてくれない…。”</p>
<p>では、どうすればいいのだろう。とそこで考えることができるかが大切。自分が学校に近づく、つまり大学の近くで一人暮らしをするか、通学の時間で楽しいことを見つけるかだ。私は、実家の近くでアルバイトをしていたので、通学の時間を楽しむことにした。</p>
<p>①   好きな音楽を聴く。<br />
②   興味のある本を読む。<br />
③   電車の中の人を観察して、その人が今から何をするのか、どんな生活を送っているのか<br />
       を想像する。<br />
④   他人の話を盗み聞きする。<br />
⑤   隣の人のウォークマンから流れる「シャカシャカ」という音やリズムを聞いて、何の曲かを<br />
       心の中で言い当てる。<br />
⑥   電車の中で電話をしている人の会話を聞きながら、さもその電話の先にいる相手にでも<br />
       なったつもりで、心の中で会話を合わせてみる。</p>
<p>とまあ、下手をすると変人にもなりかねないような、様々な時間の楽しみ方を開発した。おかげで大学に行く時間が苦痛ではなくなった。さらに、大学に飽きつつあった自分が活き活きしてきていることに気付いた。</p>
<p>大学に行くことが面倒くさいと思いながら通学すると、大学に着いた頃には気も滅入ってしまっていて、大学ですることすべてが面倒に思えてくる。友達と話すことも例外ではなかった。しかし、通学を楽しむと、大学生活もより楽しく返り咲いたのだ。</p>
<p>このように、環境の責任にしている限り、いつまでたっても状況は変わらず、自分自身も滅入ってしまうだけなのだ。それならば、“どうすれば環境が変わるだろう” “どうすればその環境を楽しむことができるだろう” と考えて一歩前へ進んだほうがよほどいいのではないだろうか。</p>
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		<title>“100%自責” が道を切り開く</title>
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		<pubDate>Thu, 27 Aug 2009 08:56:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>T.H.</dc:creator>
				<category><![CDATA[“100%自責” が道を切り開く]]></category>

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		<description><![CDATA[基本的に、複数人の間で何かの問題が生じた際には、全員に責任があり、もちろん自分自身にも責任があるものだろう。喧嘩両成敗と一緒の考え方だ。
ただ、時には自分には全く関係のない問題が起こることもあるかもしれない。だから、常に [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>基本的に、複数人の間で何かの問題が生じた際には、全員に責任があり、もちろん自分自身にも責任があるものだろう。喧嘩両成敗と一緒の考え方だ。<br />
ただ、時には自分には全く関係のない問題が起こることもあるかもしれない。だから、常に自分に責任があるとも言いきることもできない。</p>
<p>でも、ここでは、実際の責任の所在について議論したいのではない。こう考えると、一歩前に進める、そんな考え方を紹介したい。</p>
<p>それは、何か問題が起きた際、“100%自責” に置き換えてみることだ。<br />
自分の責任だと重く背負い込むのではない。形式上、そう考えてみるだけだ。</p>
<p>例を挙げて話していきたい。</p>
<p>以前、学生時代の飲食店アルバイトで、アルバイト仲間の機嫌がとても悪く、テンションが低いことがあった。こういう状況になると、周りのみんなが文句を言い出す。「なぜ彼は、あんなにもテンションが低いのか」と、誰もがその人を責めるだろう。当然、アイツの責任だろう、と。そして、周りにもどんどん悪い空気が伝わっていき、店全体の雰囲気が暗くなるのだ。</p>
<p>確かに、この場合、悪いのはその本人かもしれない。でもそこで一歩立ち止まりあえて無理矢理 “100%自責”と考えてみる。</p>
<p>　・彼のテンションをうまく上げてやれない自分の責任<br />
　・彼の悪い雰囲気がみんなに伝わらないようにできなかった自分の責任</p>
<p>というように考えることができる。そうすると、</p>
<p>　・どうやったら彼のテンションが上がるだろうか<br />
　・どうやったらみんなに悪い空気が伝わらないだろうか</p>
<p>と、解決への道を一歩進むことができるようになる。人のせいにしていたら、到底たどり着けなかった一歩である。</p>
<p>人の責任にしている限り、いつまでたっても状況は変わらず、彼は機嫌の悪いまま。そして自分自身も気を悪くするだけなのだ。それならば、一旦、全て自分の責任として考えてみることで、“自分には今何ができるのか” “今の自分には何が足りないのか” を発見し、一歩前へ進んだ方がよほどいいのではないだろうか。</p>
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