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	<title>自己啓発メモ &#187; 「意識」からのアプローチ</title>
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		<title>意識変革をするべし</title>
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		<pubDate>Wed, 26 Aug 2009 08:19:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>T.H.</dc:creator>
				<category><![CDATA[意識変革をするべし]]></category>

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		<description><![CDATA[「最近面白いことないな～」と口癖のように言っていた時期があった。
そういうとき、決まって誰かが、「そう言っているうちは面白いことないで」と言っていたのを覚えている。これは、本当にそうだな、とつくづく感じる。自分の目の前に [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「最近面白いことないな～」と口癖のように言っていた時期があった。</p>
<p>そういうとき、決まって誰かが、「そう言っているうちは面白いことないで」と言っていたのを覚えている。これは、本当にそうだな、とつくづく感じる。自分の目の前に起きていることが面白くないのではなく、自分がそれを楽しもうとしていないのではないだろうか。</p>
<p>たとえば、私は過去に一度だけ手術入院を経験したことがあるのだが、“手術入院” と聞いて、楽しそうと思う人はまずいないだろう。私も例外なくそう思っていた。だから、最初のうちは、私はベッドに横になりながらつまらなさそうにしていた。部屋には他の患者さんもいたが、ほとんど言葉を交わすことはなかったし、時折くる看護師さんとも必要最低限の言葉で会話する程度だった。そこに何の記憶もないし、得たものもない。</p>
<p>でも何日かして、そのつまらない日々がものすごく無駄に思えてきて、「楽しんでみよう」と何かがふっ切れたような気分になったのを覚えている。つまり、意識を変えてみたのだ。無理矢理だった。楽しくないことを、無理矢理楽しんでみようとしたのだ。発想の転換をしたとも言えるかもしれない。</p>
<p>楽しむために、まずは、自分から積極的に周りの人達に明るく元気な挨拶をし、声をかけるようにした。するとどうだろう、あっという間に入院生活が劇的に変わったのだ。</p>
<p>看護師さんと世間話をしたり、他の患者さんといろいろな話をしたりした。自分の父親と同年代くらいであろう方と何故かその時の首相について語り合ったりもした。その他にも、隣の患者さんにジャズについて教えてもらったりもした。<br />
ヒップホップやレゲエが好きだった私が、今や、ジャズやファンクなどの音楽も楽しめるようになったのは、あのときに自分から話しかけたからだ。そして、人と気持ちよく接するには、まず自分から気持よく接することが大切だということにも気付かされた。</p>
<p>この入院生活で “楽しくない” ことを “楽しもう” と意識変革して得たものは私にとって非常に大きい。</p>
<p>このように、人の “意識” というのはとても重要で、それ次第で楽しくなったり、つまらなくなったりもする。「意識の不思議な力」でも述べたとおりだ。<br />
私たちの周りにいる “最近面白いことばっかり人間” と “最近面白くないことばっかり人間” との違いは、身の回りで起きている出来事の差ではなく、その両者の意識の差なのである。</p>
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		<title>幸運だとこじつけてみる</title>
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		<pubDate>Tue, 25 Aug 2009 08:42:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>T.H.</dc:creator>
				<category><![CDATA[幸運だとこじつけてみる]]></category>

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		<description><![CDATA[私は、どんなことが起こっても、どんな失敗をしても、「これは幸運なことだ」「これは成長するチャンスだ」とポジティブに感じることができる。なんて神がかり的な能力は持ち合わせていない。「最悪…」と、ごく一般的な感情を抱くタイプ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>私は、どんなことが起こっても、どんな失敗をしても、「これは幸運なことだ」「これは成長するチャンスだ」とポジティブに感じることができる。なんて神がかり的な能力は持ち合わせていない。「最悪…」と、ごく一般的な感情を抱くタイプの人間だ。</p>
<p>それでも、ひとしきり「最悪、最悪、最悪…」と呟いて、その後に、「これは幸運なことだ」と無理矢理に変換する努力はしている。</p>
<p>たとえば、仕事で失敗したときも、ひとしきり落ち込んだ後、この失敗をどうすれば幸運なことに変換できるかを考えてみる。「これを教訓に成長することができたなら…」と。そして、それを実現するために「なぜ失敗したのだろう」「次はこうしてみよう」などと分析してみる。</p>
<p>たとえば、最終電車を逃してしまったときも、溜息を百回くらいついた後、どうやってこの時間を過ごせば幸運になるかを考えてみる。「雰囲気の良いカフェを見つけることができれば…」とか、「女の子との出会いがあったとしたら…」とか。</p>
<p>大切なのは、無理矢理にでも “幸運だとこじつけてみる” ことだ。</p>
<p>どういうことがあれば、この悲惨な出来事が幸運な出来事に変わるのかを妄相してみることだ。</p>
<p>この妄想こそが一歩だ。それを行動してみることで二歩だ。<br />
 “こじつけ” が、一歩一歩のフットワークを軽くしてくれるのだ。</p>
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		<title>意識の不思議な力</title>
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		<pubDate>Tue, 25 Aug 2009 08:26:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>T.H.</dc:creator>
				<category><![CDATA[意識の不思議な力]]></category>

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		<description><![CDATA[人の “意識” というのは、とてもおもしろい。意識次第で、生き方が変わるといってもよい。
皆さんは、思考が実現する、というような趣旨の言葉を聞いたことはないだろうか。
「楽しい」と思えば、不思議と楽しいことが起こる。
「 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>人の “意識” というのは、とてもおもしろい。意識次第で、生き方が変わるといってもよい。</p>
<p>皆さんは、思考が実現する、というような趣旨の言葉を聞いたことはないだろうか。</p>
<p>「楽しい」と思えば、不思議と楽しいことが起こる。<br />
「楽しくない」と思えば、不思議と楽しくないことが起こる。</p>
<p>私が思うに、これは別に「楽しい」と思えば何か不思議な力がはたらいて楽しいことが起こりやすくなる、というわけではない。起こる事象を、無意識のうちにどう捉えているかの問題である。つまり、「楽しい」と思うと、無意識に身の回りで起こることを楽しい方向で捉えようとする。もしくは、無意識に楽しい部分を探し出そうとする、ということなのだ。</p>
<p>もうひとつ、おもしろいことがある。</p>
<p>楽しいとき⇒笑顔になる。<br />
楽しくないとき⇒しかめっ面になる。</p>
<p>これはごく普通のことだ。</p>
<p>でも、楽しくないときに、“無理やり顔を笑顔の形にする” と、なんだか楽しくなってくることがある。脳が、笑顔のときの感情を記憶しているのかもしれない。行動から感情に結びつけることができる。</p>
<p>つまりこういうことだ。</p>
<p>笑顔を作る⇒楽しくなる。<br />
しかめっ面を作る⇒楽しくなくなる。</p>
<p>すべてに当てはまるというわけではないが、私もこれを発見して以来、これに何度も助けられている。。</p>
<p>このように人の意識というのは、それ次第で、起こる事象の捉え方を１８０度変えてしまう力を持っている。この “意識” を少しずつでもコントロールできるようになれば、少し前に進んでいけるような気がしてくるのではないだろうか。</p>
]]></content:encoded>
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