私は、どんなことが起こっても、どんな失敗をしても、「これは幸運なことだ」「これは成長するチャンスだ」とポジティブに感じることができる。なんて神がかり的な能力は持ち合わせていない。「最悪…」と、ごく一般的な感情を抱くタイプの人間だ。
それでも、ひとしきり「最悪、最悪、最悪…」と呟いて、その後に、「これは幸運なことだ」と無理矢理に変換する努力はしている。
たとえば、仕事で失敗したときも、ひとしきり落ち込んだ後、この失敗をどうすれば幸運なことに変換できるかを考えてみる。「これを教訓に成長することができたなら…」と。そして、それを実現するために「なぜ失敗したのだろう」「次はこうしてみよう」などと分析してみる。
たとえば、最終電車を逃してしまったときも、溜息を百回くらいついた後、どうやってこの時間を過ごせば幸運になるかを考えてみる。「雰囲気の良いカフェを見つけることができれば…」とか、「女の子との出会いがあったとしたら…」とか。
大切なのは、無理矢理にでも “幸運だとこじつけてみる” ことだ。
どういうことがあれば、この悲惨な出来事が幸運な出来事に変わるのかを妄相してみることだ。
この妄想こそが一歩だ。それを行動してみることで二歩だ。
“こじつけ” が、一歩一歩のフットワークを軽くしてくれるのだ。


T.H.さんのお話、とてもよくわかります。
私も、何か、失敗をしたとしても、それを後で後悔したことは殆どありません。
・仕事をクビにされたとしても
・ホームページつくりに失敗しても
・顧客と揉め事が起きてしまったとしても
あたしが取るすべての行動は、必ず次の何かの経験をする際に役立っているからです。
『だから、今が、ある!!!』
あたしは、友達と喧嘩をしても根に持ちません。
それも、いろいろな経験をしてきたから、前向きに考えられるようになったんだと思っています。
仕事がうまくいかず、遊んでばかりいるとき、
『自分はこんなことをしていて、本当にいいのか?』と思ったりもするのですが、そういう遊びの場でも、いい人たちとのいい出会いが待っていたりします。
だから、T.H.さんのこの考え方には、とても共感できる。
考え方が似ているところがあるなぁと思ったので、コメントしてみました。
また来ますね!
そして、リンクしてくれて、ありがとう。
これからもよろしくお願いします。