環境のせいにしない
前述したように、人の責任にしていても、何も始まらない。それは、置かれている環境についても同じことが言えるだろう。
人に責任を押し付けるのは、少し気が引ける…。でも環境になら別に感情があるわけじゃないし…。と、ほいほい責任を押し付けてはいないだろうか。
「学校の場所が実家から遠いから、行かない。」こんな下らない屁理屈は、私が大学生に慣れ始めたころの口癖だ。しかし、当時の私は、それで納得してしまっていたのだから、救いようがない。そのうち、あることに気づいた。当たり前のことだ。
“大学は近づいてきてくれない…。”
では、どうすればいいのだろう。とそこで考えることができるかが大切。自分が学校に近づく、つまり大学の近くで一人暮らしをするか、通学の時間で楽しいことを見つけるかだ。私は、実家の近くでアルバイトをしていたので、通学の時間を楽しむことにした。
① 好きな音楽を聴く。
② 興味のある本を読む。
③ 電車の中の人を観察して、その人が今から何をするのか、どんな生活を送っているのか
を想像する。
④ 他人の話を盗み聞きする。
⑤ 隣の人のウォークマンから流れる「シャカシャカ」という音やリズムを聞いて、何の曲かを
心の中で言い当てる。
⑥ 電車の中で電話をしている人の会話を聞きながら、さもその電話の先にいる相手にでも
なったつもりで、心の中で会話を合わせてみる。
とまあ、下手をすると変人にもなりかねないような、様々な時間の楽しみ方を開発した。おかげで大学に行く時間が苦痛ではなくなった。さらに、大学に飽きつつあった自分が活き活きしてきていることに気付いた。
大学に行くことが面倒くさいと思いながら通学すると、大学に着いた頃には気も滅入ってしまっていて、大学ですることすべてが面倒に思えてくる。友達と話すことも例外ではなかった。しかし、通学を楽しむと、大学生活もより楽しく返り咲いたのだ。
このように、環境の責任にしている限り、いつまでたっても状況は変わらず、自分自身も滅入ってしまうだけなのだ。それならば、“どうすれば環境が変わるだろう” “どうすればその環境を楽しむことができるだろう” と考えて一歩前へ進んだほうがよほどいいのではないだろうか。
2009/08/28
